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仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(を)143号 判決

被告人

吉田由松こと

村元義一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人和田吉三郞の控訴理由第一点について

(イ)  原審第一回公判調書により本件審理の経過を観るに、檢事の起訴状及び追起訴状の朗読後判事が被告人に対し刑事訴訟法第二百九十一条第二項の事項を告げた上被告人及び弁護人に対し被告事件について陳述するところがあるかどうかを尋ねたところ被告人において事実は相違ないから何等陳述することがないと述べ弁護人も又別に陳述することがないと述べるや直ちに判事は被告人に対し犯罪事実及び経歴、家族関係等に関する相当詳細の供述を求めた後証拠調に入る旨を宣し檢事が弁護人所論の錠及び書類についてその所論の順序にその取調を請求すると述べ判事が被告人及び弁護人のこれについての同意を得た上その証拠調をなす旨の決定を宣し檢事が右錠を示し右書類を右順序に朗読して裁判所に提出したことが明らかであるよつてまず冒頭陳述の点から案ずるに、檢察官は刑事訴訟法第二百九十六条により証拠調のはじめに証拠によつて証明しようとする事実を明らかにするいわゆる冒頭陳述をしなければならないのにかかわらず本件において檢察官がいわゆる冒頭陳述をしていないこと弁護人所論のとおりであるが、元來檢察官のなす冒頭陳述は、起訴状一本主義により單に訴因によつて明示されている公訴事実を記載した起訴状を見ているにすぎない、裁判官に対し、審理の進行上殊に同法第三百四条第一項により証人等をまず尋問することにもなつているので檢察官が後日証據によつて証明しようとする事実を諒知させておく必要があるためになすものであり、同時にこれによつて檢察官の立証方針を表明することになり、受動的当事者である被告人に対しても、その弁護権の行使に遺憾なからしめるために必要なものであるのである。従つて冒頭陳述はこのような趣旨により、主動的当事者である檢察官が裁判官及び被告人に対し後日証據によつて証明しようとする社会的基本的事実すなわち、起訴状記載の公訴事実は訴因によつて明示され構成要件の框に嵌められたものであるが、このような框に嵌められない、生の、より具体的な、より廣範囲な事実関係を陳述すべきものであり、その陳述の内容程度は結局各事案により異なるものといわなければならない。しかして同法第三百十一條第二項により被告人が任意に供述する場合には裁判官は何時でも必要な事項について被告人の供述を求めることができるのであり、本件のように原審が証據調前に被告人の任意の供述を求めこれに対し被告人が遂一犯罪事実等を自供している場合においては、冒頭陳述の趣旨にして前述のようなものである限り、その後なされる証據調のはじめにおいて檢察官のなす冒頭陳述の実際上の必要はほとんどなくなつてしまつたものといわなければならない。從つて本件において原審立会檢事が前記のように冒頭陳述をしなかつたのは前記同法第二百九十六条に則しないものではあるがこれにより何等判決に影響を及ぼすことのないのは勿論である。(中略)

(ロ)  次に被告人の自白の供述調書等を一挙に証據調をしたとの点について案ずるに、被告人の自白の供述調書は犯罪事実に関する他の証據を取り調べた後でなければその取調を請求することができないことは同法第三百一条の明言するところであるが、同法条の規定するところは、前段説明のように新法が被告人の自白の証據價値を制限し自白によつて犯罪事実を認定するには補強証拠を要するという証拠の実体上の要請の手続上に反映したものであり従つて他の証拠を取り調べた後とは犯罪事実に関する他のすべての証拠を取り調べた後という趣旨ではなく、自白の補強証拠となるべき他の証拠を取り調べた後であればよく又両者に時間的に前後があればよく、取り調の機会を異にすることまでは要しないのであり、なお同法条の規定するところによれば、取り調の請求自体他の証拠の取調後でなければならないのであるが、取調自体他の取調後になされる限りその取調の請求は、他の証拠の取調前になされたとしても判決に影響を及ぼす程の違法あるものというを得ないものといわなければならない。原審第一回公判調書によれば原審立会檢事の証拠調請求の順序は(一)錠(二)身許調査書等(三)被害者の盜難届等(四)領置調書等(五)被告人の前科調書(六)被告人の弁解録取書供述調書の順序であり、そしてその順序に証拠調をなされたことが認められ右(五)(六)の書類の証拠調の請求は(二)(三)(四)の罪体に関する補強証拠の証拠調前になされたものではあるが、その証拠調自体は右補強証拠の証拠調後になされたものであるから、その違法が判決に影響がないこと明らかである。

以上弁護人の論旨いずれも理由がない。

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